dod『ハルカ*カナタ』へ。 1

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 『夜の光を絶やさず、町の治安維持に努めましょう』
 そのスローガンのもと、夜にしては白い光があちらこちらで飛び交う街角。澄んだ空気を引き連れる男がいた。明るいとは言え所詮は暗がり。顔はよく見えない。  秋の風が懐から軽く熱を奪ってゆくのにしたがって、男は少し身を震えさせる。家路をブラブラと辿っているようだった。寂しき独り男の独り暮らし。まだ若いせいもあり、帰る家には迎える人などいない。しかし想い人なるものはいるようだ。誰からも嫌われることのない、美しく可憐で心優しく“適度に”賢いと言う、非の付け所を持たない女である。当然競争率も高い。この男も狙ってはいた、しかし尻込みしてしまってもいた。自分にそれに相当するだけの魅力が無いのは百も承知なのである。
 と。男が立ち止まった。そしてその場に屈み込む……そしてデカい図体が持ち上がる――何かを拾ったようだ。上向けた手の平からは金の鎖が垂れている。手の中のそれをしばらくひっくり返し、表返し。ジロジロしげしげ眺めると彼はそれをジーンズのポケットに捻り込んだ。
 それは男が住んでいるボロのアパートでのことである。響き渡る蝉の鳴き声によく似た呼び出しベルが耳障りだ。男はたった1間しかないその座敷の布団の中で不機嫌そうにむくり。カーテンも窓も閉じぬまま寝てしまう彼に、満月が微笑んでいた。
 当然真夜中であるから、男は無視しようとした。しかしベルは一向にに鳴り止む気配がない。しかもその主は相当な力でベルを押しているらしい、音がどんどん大きくなってゆく。このままではまたお隣りに文句を言われると危惧した男はとうとう布団から這い出した……顔一杯にベルの主の面に一発食らわせてやる、の表情を浮かべて。
 のすのすと粗末な木製の戸に男は向かう。がちゃり、今にも寿命の尽きそうな音をさせて開く戸。男の強烈なる恨みのこもった視線、その先にいたのは白いふわふわの布くず、否、それを身に着けた男の腰にすら背の届かぬ女の子だった。
 まさか子どもだとは思ってもみなかった男、多少焦り気味である。少女の髪は直に月明かりを浴びている訳でもないのに艶やかな白い光沢を放っている。色素の無い髪に、色素の無い肌。透き通るような瞳に、透き通るような唇。美少女、世間ではこれをそう呼ぶらしい。
「……何だ?」
男はかろうじてこれだけ言った。対する少女、臆することなくこう応えた。
「返して、ボクのロケット。それ、お母さんの形見なの」
ロケット……思い当たる節が無いと言っては嘘になる。しかし……男はこう口走っていた。
「そんなものは知らない」
「嘘だ、ボクには見えるよ……アナタがアレをキッチンの調理道具入れに一緒に入れてること」
途端に男の顔に影が宿った。どうやら図星らしい。そしてどうしてそんなことがこのちびっ子に分かるんだ、そんな懸念が男の中で渦を巻く。少女は男の瞳をその真意を見通すかのごとく、下からそっと覗いた。
「どうしてボクに分かるかって? それはボクが流れ星の精だからだよ」

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