dod『ハルカ*カナタ』へ。 2

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 しばしの沈黙。そして男は……こう言った。
「はぁ?」
実に芸が無い。
「だから、流れ星の精なんだって」
「流れ星の精って……なんだよ、それ?」
「心優しき人間の願いをかなえるために彼方から遣わされた妖精だよ。ボクはまだ見習いなんだけどね」
「へぇ」
そして男は改めて舐めるようにして彼女を見る。
「じゃあ、ヒトの願いが叶えられるんだな?」
「一応そうだけど、アナタの願いは叶えないよ」
平然と返された拒否の答え。途端に男の表情が曇った。
「だって、どう見たって貪欲で、傲慢で、図体ばっか大きくて中身がないんだもん。投資するだけ無駄なんだって」
またしても平然と返す妖精の少女。怖いもの知らずめ、と男はムッ。しかし、次の刹那にはそれすら吹っ飛んでいました。
「そうか、残念だなぁ」
そして浮かべられた表情は、どう考えても作り物の困り顔。
「じゃあ、キミの元には一生返らないね、ロケット」
途端に今度は妖精の顔が曇る。そして消え入るように呟いた。
「……ごめんなさい」
「ん? 聞こえないなぁ」
「っ、ごめんなさい!」
妖精を手玉にとれたことを悟った男、今度は交渉に持ち込むようだ。
「口だけで言われてもなぁ。態度で示してもらわないと」
それが何を意味するかは歴然としている。
「……ヤだよ」
「あ、じゃあさいなら」
そう言ってドアを閉めようとする男。顔を挟んでまでそれを阻止する妖精。
「おいおい、閉められないじゃないか」
「返して、返して!」
しかし男は意に介さなかった。粘るだけではダメだ、そう悟った妖精はこう叫んだ。
「分かったよ、分かったよ! お願い叶えてあげるから!」
 男の顔に宿る、嫌らしいとしか言い様のない笑み。妖精の顔に浮かぶ、不安の押し出された狼狽。
「言ったな」
確認するように、勝ち誇ったかのように、男は尋ねる。
「妖精は約束、破れないんだよな?」
勝ち誇った傲慢な勢いは留まるところを知らない。
 妖精は何も答えなかった。ただ闇の中、沈黙に身を浸すばかり。そしてただ小さくコクリと頷いただけだった。
「じゃあ、願い事をかなえて貰おうか」
男の顔がパレットであれば、そこに現れた色は優勢の余裕に違いない。
「勿論3つ、だよな」
 妖精は何か言いたげに口を開こうとした。しかし男の顔に浮かぶものを認識した瞬間、それを飲み込んだ。そして答える。
「そうだけど。何にするの?」
「そうだな……」
そこでようやく男は腕組みして、願い事本体を考え始めた。実を言ってしまうと、この妖精の能力を完全に信じているわけでもない。どう見てもまだまだ幼く、能力もさして高くなさそうなこの妖精に自分の願いが叶えられるのか。
 腕試し、そんな見くびりを胸に男が突きつけた最初の願い、それは。
「松茸ご飯が喰いたい」
「……は?」
妖精は唖然。まさかこんなことを願われるとは思ってもみなかったのだろう。
「あ、勿論最高級ので頼む。香りの落ちてるのとか出すなよ」
「い、いいけど……いいの?」
「いいから。早く。でないと……」
「分かってるよぉ! 出すから、出すからっ!」
 そして妖精はおもむろに右手の人差し指を天に突き立てた。そしてそのままクルリ、ターンを1つ。それについて小さな無数の赤、青、黄、緑に台頭される名も無き色の星が舞い踊る。そして部屋の唯一の家具、ちゃぶ台に立てた指を向けると……そこにはさっきまで存在しなかったものがあった。そう、ホカホカの松茸ご飯。にんじんの千切りとごぼうのささがき、少し醤油で色づいたご飯。食欲をそそる香りが辺りにふわり、広がる。上には勿論、松茸は一切れ一切れ惜しみなく大きく切り分けられていた。
 男、たった1杯の松茸ご飯ではあったものの、それまでの生活とあまりに懸け離れていたようで眼を丸くしたまま動くことが出来ない。ただ呆然とそれを見つめるばかりである。その様子に痺れを切らした妖精、眉間に似合わぬシワなど寄せて、男を促した。
「早く食べれば? 冷めたら美味しくないよ」
その声で我に返った男、慌てて松茸ご飯に手を付ける。一口パクリと口に含む。その予想以上の美味に男は感覚が麻痺していくような心地を覚えた。至福以外の何者でもないそのひと時。ただ無我夢中で食べた。それまで食べられなかった分を貪るかのように食べた。結局男が当初の目的を思い出したのは、それが全て腹の中に収まってからである。

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