dod只今圏外につき。 2

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 数分して満員電車から吐き出された彼は駅員を探す。見つけて近づこうと人の波に逆らう。向けられる陰険な表情に怯えながら、もう1歩、あと1歩。そこでまたしても電子音が響く。手の中の携帯もどきからだった。一瞬の躊躇の後に駅員は彼に背を向けて足早に立ち去る。彼は携帯電話と取り残された。鳴り止まぬコール音。恐々とそれを開き、怖がる指で通話ボタンを押した。耳に寄せてしまってから、何を言うべきが迷う。騒がしい心拍数が刹那を永久にしたそのときだった。
「あー! 拾って下さったんですね、ご親切にありがとうございます!」
大音量に彼は思わず携帯を耳から8cm離した。男性の声ではあるが、黒板を爪で引っかくような不快感。しかも拾った訳でもない。反駁しようとしたが、声はまだ続いた。
「もー見つからなかったらどーしよーかと。ホントのホントに大事なものなんですよー。いやぁ、失くしたらどうしようかと思ってました。もっし! 万が一! どこかの悪人にでも拾われたこととか考えると……ああーほんっと恐ろしい。あ、ほら、今! 見てください、私の身の毛がよだちましたよ、今! 本当に! んっもう、出て下さるんなら始めから出て下さいよー、人が悪いなぁー」
しかも馴れ馴れしい。
「……電車の中だったんで」
「おーっとそれは失礼。いやだなぁ、別に侮辱するつもりも何もありませんよ。お気を悪くされないでくださいよー。こーんな親切な方を捕まえて侮辱なんて……そんな奴の根性は叩きなおしてやります!」
「はあ、どうも」
「まぁとにもかくにもアナタに拾ってもらえてよかったよかった! ではっ! 失礼します!」
普段がちゃりと電話を切られがちな彼であったから、問答無用に通信を切られそうな気配くらいは分かる。焦りを隠せないまま何とか言葉を紡ぎ出した。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!」
「んー? なんですか、大声出しちゃってー」
「ま、ま、待ってくださいっ……」
「どうしました? 何か問題でも?」
「この電話、どうするんですか?」
「ああ、それですか。別にどうともしなくていいですよ」
たっぷり3秒、彼は黙り込んだ。
「……は?」
「だからそのままでいいですって。まぁ、羽目外しすぎないでくださいねー」
「え、え、え? どういうことです?」
「だーかーらー、差し上げるって言ったじゃないですか! どーぞご自由にお使いくーだーさーい! もらえるものはもらっときなさい! 私だって暇じゃないんです! では! お元気で! ごきげんよう!」
そして、ぶちっ。またしても途切れた。そして真っ白な待ち受け画面に戻る。こんなところでも電波は3本完全に立っていた。差し上げる、そんなこと誰も言わなかったじゃないか、彼は呟く。しかし文句を言う相手はいない。
 茫然自失。それ以外のどんな感情もなかった。とにもかくにも、彼はその携帯らしきものを取得したのだった。

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